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安土城跡 (近江八幡市)

安土城跡は、滋賀県近江八幡市安土町にある山城の跡で、天下布武を旗印として活躍した戦国大名の織田信長の居城として知られています。

この一帯は現在では田園風景のなかに民家が点在し、西の湖とよばれる湖の周辺にヨシ原が広がるといったかたちになっていますが、かつては琵琶湖に直接面していて、琵琶湖の水運と、北陸と京都とを結ぶ街道による陸上交通の、両方をにらんで建てられたものといわれています。

安土城跡は、現在では国指定の特別史跡となっており、滋賀県教育委員会が保存管理計画を策定して、遺構と周辺景観の保全に努めていますが、大手道の入り口から天守台までを徒歩で登って見学することができ、ほとんどの区間が石段のため、頂上に至るには10分程度かかります。

JR琵琶湖線の安土駅から安土城跡までのアクセスですが、徒歩で30分ほどの距離にあたり、公共交通機関経由ではやや不便ですが、駅前ではレンタルサイクルなどの貸し出しもみられますので、利用するのもよいでしょう。自動車であれば、名神高速道路の竜王インターから国道8号を経由して20分ほどで、安土城跡の目の前には駐車スペースも用意されています。

この安土城は、もともと戦国時代の天正4年(1576年)、近江守護の六角氏の居城である観音寺城の出城が置かれていた安土山に目をつけた織田信長が、丹羽長秀を総普請奉行として築城をはじめたもので、約3年の歳月をかけて、天正7年(1579年)に完成しました。

日本の中世の山城といえば、土塁に堀をめぐらすだけのものが一般的でしたが、安土城はすべて石垣をめぐらした画期的なもので、その頂上に黒漆塗りの7つの層からなる天守が置かれていました。当時キリスト教の宣教師として日本を訪れていたフロイスや、「信長公記」を著した大田牛一らの記録によれば、内部には竹林の七賢人などの壁画や、柱を朱や金でいろどった部屋の数々があったといい、たいへん絢爛豪華なものでした。

残念ながら、明智光秀の本能寺の変後に城内の建物は焼失してしまったことから、現在では壮大な石垣が残るのみとなっています。しかし、この石垣そのものにも、石仏を転用して石段にするなど、この時代に特有の痕跡がみられるほか、建物を支えていた巨大な礎石なども地面に並んでいます。その他、天守に至る途中には、羽柴秀吉や前田利家の屋敷跡、織田信長の霊廟、三重塔などがあるほか、付近の安土城天主信長の館では、当時の城内のようすを復元展示した巨大模型を間近に見ることができます。

 

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